川崎駅前にある「ミューザ川崎シンフォニーホール」は、客席数約2000、音響などはクラシック音楽に適したつくりとなっているホールだ。しかしここではジャズのコンサートもたびたび、当たり前のように開かれる。そんな場をつくるのに貢献した一人が、長年にわたりホールアドバイザーを務めたジャズピアニストの佐山雅弘さんだろう。
佐山さんはジャズピアニストとしてだけではなく幅広く活動し、オーケストラとの共演も多い。ミューザではジャズピアニスト6人が一堂に会する「ジャズ・ピアノ6連弾」など、さまざまな新しい企画を行った。またその明るく温かい人柄でも、多くの人から親しまれ、慕われていた。
個人的には、一度だけ佐山さんのライブを見に行ったことがある。2015年の「フェスタサマーミューザ KAWASAKI」の企画の一つ、同じミューザ川崎で行われた「サマーナイトジャズ」のコンサートだった。たった一度見ただけだったけれど、佐山さんの演奏と人柄が印象に残った。
佐山さんは昨年11月14日、64歳という若さで逝去された。そして今年、「かわさきジャズ」の中で、佐山さんのメモリアル・コンサートが企画された。客席には、ミューザには慣れた様子のシニア層が多く目についた。
第1部は「佐山雅弘が育てた若手ミュージシャン」。アルトサックスの寺久保エレナは、高校生のときから佐山さんと「Red Zone」というバンドを組んでいた。アドリブソロには時折、チャーリー・パーカーのフレーズが混じり、その音色もあわせて「王道」という言葉が浮かぶ。この日披露された4曲のうち、2曲がRed Zoneのレパートリー。そして、最後に演奏した佐山さんのオリジナル曲「PーBOP」は、変拍子だが確かにバップの曲。佐山さんが愛していた音楽が少しわかるような気がした。
休憩の間、ホワイエでは多くの人がアルコールやジュースを飲んでいた。クラシックのコンサートなどではよくあるが、ジャズではなかなかこんな光景は見ない。着物姿の女性も複数いる。独特のジャズ文化がこのホールに、川崎市に根付いている気がする。
続いては「ジャズ・ピアノ6連弾の仲間たち」。佐山さん発案による名企画「ピアノ6連弾」で全国ツアーをともにした、名ジャズピアニスト4人が集結する。しかし、開演前にも流れていたアナウンスが第2部の開始前に再び流れる。ピアノの国府弘子が急な体調不良のため休演となり、第2部は残りの3人のピアニストで務めるというのだ。
客席が暗転し、3人が登場。まずは一人ずつ弾き、3人で「かわさきリボーンブルース」。小原孝はまず佐藤允彦の横で高音部を弾き、立ち上がって今度は塩谷の隣で。MCがなくても、動きと演奏で場内は明るい雰囲気に包まれる。
曲が終わると小原がマイクを取り、国府のことを話しはじめた。この日、会場に来てリハーサルも行ったが、急に具合が悪くなって搬送されたという。会場の隣が病院で、急性心筋梗塞と診断されてすぐに手術が行われ、第2部が開演する前には無事終了したという。「動画でメッセージが来てましたよ、ほんとにごめんね〜って」と塩谷も言葉を挟む。小原は「佐山さんや(ピアノ6連弾のメンバーで昨年亡くなった)前田(憲男)さんが向こうから送り返してくれたんですよ。国府弘子、元気になりました!」と力強く。もちろん、まだまだ大変な状況なのだろうが、その言葉で観客はひとまずほっとして、その後のステージを楽しむことができた。1年前、佐山さんに代わってかわさきジャズのステージを務めた国府を、今度は3人で支える形だ。
この日の選曲は国府が行ったという。佐山さんのオリジナル曲を演奏するソロのコーナーで、佐藤は時間をたっぷりと使い佐山さんの話をした後に「Sand Witch」を。「話が長い!」と言いながら登場した塩谷は、知ってすぐ好きになったという「Pooh Song」を。とりわけ心に深く刺さったのは、最初に登場した小原の「Hymn for Nobody」だった。小原と佐山さんがオリジナル曲を交換することになり、佐山さんが小原に「歌ってほしい」と渡した一曲。本当は国府が一緒に演奏する予定だったそうだが、急きょ小原が一人で演奏した。弾いているときにマイクを立てるスタンドもなく、小原は右手でマイクを握ったまま。左手と、間奏の部分で右手の人差し指だけを加えた6本の指で、困った様子などみじんも見せずに美しく弾く。歌い始める前、小原が歌詞を書いたのは忌野清志郎氏であると紹介すると、会場からは小さなどよめきが起こった。「限りある生命が やがて幕を閉じても 永遠の夢のように 君に夢中さ」。この日はその歌詞がとりわけ深く響いた。
第3部は、「佐山雅弘トリビュートバンド」。ホーンセクションを交えた豪華バンド陣のほか、圧倒的な歌唱力とパワフルかつ澄んだ繊細な歌声を持つMay J.がスペシャルゲストとして名を連ねる。まずはテナーサックス三木俊雄とトランペット岡崎好朗の2管で「I remember Clifford」。交通事故で亡くなったトランペッター、クリフォード・ブラウンに捧げられたこの曲、クラシック向けのこのホールの音響を生かして、ベテランが音を響かせる。2曲目はトロンボーン中川英二郎をフィーチャーして「Do You Know What It Means To Miss New Orleans」を、3曲目には3菅そろって「Bittersweet」を演奏した第3部でリーダーを務めた三木はマイクを手に取り、佐山さんはハッピーなイメージがあると思うが、特に震災以降、1音を大切にする内省的な音楽も大切にしていた、第3部ではそういう面も見せたい、と話す。
次の曲はピアノトリオで。そしてこの日のスペシャルゲスト、May J.が呼び込まれた。佐山さんが亡くなったその日、共演予定だったというMay J.。佐山さんはアレンジをして事前のリハーサルにも参加したが、体調不良のため本番当日は息子の佐山こうたが出演することに。大変な状況の中弾ききったこうたに、May J.はこの日のステージで改めてお礼を述べ、こうたは「歌に癒されました」と笑った。佐山さんがアレンジした「Smile」。管楽器も加わった「What a wonderful world」では、バッキングをする管楽器の静かな音も、美しくよく響いた。
そしてアンコール。ステージには第1部と第3部の出演者が混じる。一曲目でフロントに並んだのは、May J.と寺久保エレナ。May J.がMCを務める番組以来約10年ぶりという共演で、並んで「You’d Be So Nice To Come Home To」を。そして2曲目でメンバーが入れ替わり、第2部の出演者も登場。佐山さんの曲「Love Goes Marching On」で、ピアニストは交代しながら弾き、弾かないときはマラカスを振り、ギロを奏でながら、明るくフィナーレを迎えた。
「知ってる曲、そんなにあったの?」会場を後にするお客さんの会話が耳に入る。きっと、普段からジャズが好きでよく聞くというわけではないのだろう。そんな人もごく自然にミューザを訪れて、楽しんで帰っていく。そんな川崎市のジャズ文化を醸成するのに大きく貢献した一人が佐山さんなのだろう。
この日の出演者は口々に「佐山さんがそのあたりに来てくれている気がする」と話していた。確かに、明るくてかつ繊細な、佐山さんがそこにいるかのようなライブだった。この先、ミュージシャンたちが佐山さんの音楽を受け継ぎ、新しい音楽を紡いでいくだけではないだろう。一度醸成された文化は多くの人の心に根付き、簡単には消えない。佐山さんがここに残したものを、はっきりと目にすることのできるライブだった。
Text:Miyabe Haruka(かわさきジャズ公認レポーター)
◎公演情報
日時:2019年11月16日(土)17時開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
出演:
<第一部>
〜佐山雅弘が育てた若手ミュージシャン〜
寺久保エレナ(as)、馬場孝喜(g)、中林薫平(b)、福森康(ds)
<第二部>
〜ジャズ・ピアノ6連弾の仲間たち〜
国府弘子、佐藤允彦、小原孝、塩谷哲(以上、pf)
<第三部>
〜佐山雅弘トリビュートバンド〜
三木俊雄(ts)、岡崎好朗(tp)、中川英二郎(tb)、
佐山こうた(pf)、川村竜(b)、大坂昌彦(ds)
ゲスト・ヴォーカル:May J.
◎セットリスト
第一部
1. Dead Zone
2. How High The Moon
3. Flamingo
4. P-Bop
第二部
5. かわさきリボーンブルース
6. Well, You Needn’t
7. ボレロ
8. Hymn For Nobody
9. Sand Witch
10. Pooh Song
11. サヤ・マンボ
第三部
12. I Remember Clifford
13. Do You Know What It Means To Miss New Orleans?
14. Bitterweet
15. IN THE VELVET
16. Smile
17. Fly Me To The Moon
18. What A Wonderful World
19. Above Horizons
アンコール
Enc. You’d Be So Nice To Come Home To
Enc. Love Goes Marching On
かわさきジャズ 公式ブログ
2019年12月03日
【レポート】11月16日「My Favorite Songs〜佐山雅弘メモリアル・コンサート」
posted by kawasakijazz at 08:09| Comment(0)
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