かわさきジャズ 公式ブログ

2020年10月30日

文梨衛率いるトリオが奏でる、夢見心地の30分間@ホテルメトロポリタン川崎

音のベッドから起きあがり、うっとりするような余韻が残るなか、ライブをふり返る。

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ときは2020年10月16日、午後19:00のこと。ホテルメトロポリタン川崎のフロント前に、メロウなアルトサックスの音色が響きわたる。寄りそうようなウッドベースの低音と、軽快なピアノのリズムもあいまって極上のハーモニーがいま、ここに誕生した。

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演奏中、特に印象的だったのがピアノの音色である。奏者の指が鍵盤を歩いているような、愉快なメロディーだった。たとえるなら、黒猫がレンガでできた塀の上を優雅に歩いている感じである。

他では聞いたことがないような、不思議で小気味よい三重奏に聴き入っていると、SEが終了。
その後アルトサックス奏者の文梨衛が、やわらかい口調で話しだす。

「今日はこちらで演奏させていただいております。ありがとうございます。僕らは地域のイベントがどれほど楽しいのかを伝える役目を担ってやってきました。」

(今日は)ステージをどーん!と作って、大きい音を出す。そのようなイメージで来たので、なんとまあ……とっても静か。去年のライブをやったときよりも、おそらく静かなのではないかなと。ちょっと緊張してしまう人はお酒を飲みながら、おしゃべりしながら聴いていただけたらなと思います。よろしくお願いします」

楽器を奏でているときも、実に幸せそうな笑顔を浮かべていた文梨。おしゃべりが好きだと公言する彼の、やさしいテノールボイスでゆっくりと話す姿が好印象だった。

「次にやる曲はですね、元々はディズニーの曲なのですけれど、ジャズで演奏される機会がめちゃめちゃ多いです。それでは聴いてください。Some day my prince will come」

1曲目に弾奏されたのは、ウォルト・ディズニーのアニメ映画「白雪姫」に挿入されている曲。ジャズ界の重鎮であるビル・エヴァンスやエロディ・フレージュなどもカバーしているポピュラーソングだ。

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まるで雲の上を泳ぐような心地のいいアルトサックスの音が、会場全体を包みこむ。そこにウッドベースの低音と軽快なピアノのリズムが加わり、いっそうまろやかな音楽が生まれた。

心洗われるトリオに耳を傾けていると、まるで音のベッドに横たわっているような気持ちになる。
あまりに快い演奏。そのまま眠りについてもおかしくないほどリラックスしていると、文梨のMCが入る。

「半年くらい、地下にこもっているような生活を送っておりましたので、今日はとても楽しくなっております。それと同時に緊張しているので喋りながら聴いていただけたら嬉しいなと思います」

観客からあたたかい拍手がわき起こると、3人の奏者がうれしそうにはにかむ。そして次なる曲「Candle」がプレイされた。ジャズのスタンダードと称される名曲に、足踏みしたり音に聴き入ったりするオーディエンス。筆者もポップな音に身をゆだね、誘われるように体を左右に揺らした。

そうしているうちに、名残惜しいがおひらきの時間がやってきた。文梨が穏やかな表情を浮かべながら、締めの言葉を口にする。

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「私の尊敬するジャズを弾ける人のなかで、一番の先輩と一番の後輩を連れてきたのですけども……。この3人でセッションすると楽しくて仕方がありません。最後にお送りする曲は、ジャズのスーパー・スタンダード「Just friends」。ジャズは明るい曲調に限って詞が悲しかったりするんですけれども、この曲もそのタイプです。では次のステージもお時間のあるかたはぜひお聴きください。どうもありがとうございました」

MCで述べられたとおり、終始楽しそうな顔つきでアルトサックスを吹いていた文梨。他の楽器を奏する2人もなごやかな雰囲気をまとっていたのが心に残った。

おそらくここにいたすべてのオーディエンスが、時を忘れて音とたわむれたのであろう。
終演後、満ち足りた笑顔を浮かべながら去っていく観客たちの姿を見てそう思った。

(TEXT & PHOTO:神埼寧 / かわさきジャズ公認レポーター)

◎イベント情報
かわさきジャズ2020 FRIDAY MUSIC NIGHT
日時:10月16日(金)19時〜/20時〜 各30分
場所:ホテルメトロポリタン 川崎 2階ロビー
出演:文梨 衛(かわさきジャズ2019キーアティスト)
posted by kawasakijazz at 14:52| Comment(0) | レポート2020

2020年10月27日

【ジャズアカデミー】「ナットキングコール」から学ぶ、音楽の“力”とは。

 6回目を迎える「ジャズアカデミー」が今年もミューザ川崎シンフォニーホール市民交流室で10月2日よりスタートした。

国内のジャズフェスが次々と中止になる中、講座開催をハラハラしながら見守った。演奏はもちろん、過去の貴重な動画や音源、そしてレアな内容が盛りだくさんと、Jazz通気分を味わえるこの企画を私は何より楽しみにしているからだ。

 そして、今年も公認レポーターの募集が無事始まった際には母娘で喜び合い、関係者の英断にも感謝した。川崎市民ではないため電車に乗る時間が多少長いが、何よりメイン会場が主要駅に隣接しており、風雨を心配せずこんなに交通の便に優れたフェス会場が他にあるだろうか。現場に足繁く通う身にとっても、立地条件は大きなポイント。都市のど真ん中で悠然と何十日間もジャズフェスを開催できるのが、かわさきジャズの売りのひとつだ。今年はGOTOの波に乗り、京都でお寺巡りをするように小旅行がてら期間中のライヴやコンサートをジャズファンが巡るという新しい文化が生まれ、他県からたくさんの観光客が来てくれることを望む。

 アカデミーの会場となる市民交流室は通常の3分の1以下に席数を制限、客席間の距離も十分だ。例年なら4回通しで観覧できるチケットが発売されるのだが、多くの方に観覧の機会を設けるべく、今年は各講座ごとの募集のみであった。来年は4回通し券が復活できるよう祈るばかりだ。

 海外招聘プログラムも断念せざるを得ず、例年に比べ公演数が大幅に減って全体的に寂しい印象はあるが、ジャズアカデミーの内容と各公演プログラムとが対になっているケースが大半となり、我々のようなジャズ初心者でも講座でしっかりと予習していれば、複雑に派生しつづける現在進行形のジャズであっても、広くより深く理解でき楽しめると思っている。そして講座参加者はもちろん、読者の皆様にもこのリポートが、公演そのものをより楽しんでもらうきっかけになればとの思いで書き綴ってみたい。

 今年第1回ジャズアカデミーのトップを飾るのは【歌うブギウギピアニスト荒井伝太が贈る「ナットキングコール物語」】。今年のキーアーティストに選出され、2020イメージソング 「BeautifulSwing」も手がけるそのピアノ&ボーカルは、腹の据わった歌声がどこかナットに似ているし、粒立って歯切れのよいピアノは伝統をよく踏襲していて、ブギウギの曲調が何ともポップかつ開放的。今年のポスターともよくリンクして、自粛の鬱屈を取り払ってくれそうだ。

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 さて、ここから本題に。ナットキングコールはボーカリストだけでなく、フロント楽器奏者にとっても重要人物であるが、意外にも歌手である前にピアニストとしても一流であったと初めて知った。作曲・編曲に長け、差別を乗り越えコンサートやTV、映画で白人顔負けの大活躍をしたナットの深い歌声の奥底に秘められた様々な経験と人類への大きな愛、そして荒井氏のナット愛をひしひしと感じてしまうその話ぶりのおかげで、帰宅してからもしばらく脳内は幸せホルモンで満たされた。

 今も書きながら流れてくるのは 「Too Young」。何とも自身の表情が穏やかに変わるのを感じる。これがナットが伝えたかった音楽の力なのだろうか。コロナ禍において芸術は尊重されるべきか?!との問いに、明確に答えられる人がどれほどいるだろう。しかし、不要不急以外の物で、あるいは空間で、仕事も経済も教育も先行きの見えない中、私は確実に助けられている。トーク内容に加え講談師のような快活で抑揚の効いた話しぶりが小気味よく、ナットの複雑なサクセス・ストーリーもすんなり耳に響いたのも功を奏したと思われ、荒井氏には芸達者な印象を持った。


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 なかでもひときわ熱弁を奮ったのはジャイヴ・ミュージック「Straighten Up And Fly Right」に関する説明。1930年頃の曲で一見面白おかしく歌っているが、Jiveとは黒人差別や貧困の悲哀や皮肉を歌うジャンルで歌の中身は辛辣だ。元々は牧師の説法から始まったのも頷ける。

 また、トークの合間に、バンド初期の特徴ともいえるピアノ・ギター・ベーストリオによる当時の名曲を年代順に熱演したり、動画を観たりと飽きることがなかった。17歳のデビュー当時からピアノの名手で、主演映画のストーリーにあるような泥酔の常連客にしつこくせがまれしぶしぶ歌い始めたのがきっかけではないことなど、彼のレコードの歴史を追うにつれ、事実を明らかにしていった。そして年齢を重ねハスキーな低音の魅力が増すのだけれど、声に良いと信じて疑わなかった毎日3箱もの煙草のせいで、その声と引きかえに45歳という若さで他界するのである。

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 病を押して臨んだ最後のレコーディングが「L-O-V-E」。日本語の歌詞に、そんな体調など微塵も感じさせない。フランス語、ドイツ語、イタリア語、日本語で歌うことで、自らのパフォーマンスを通し、全身全霊で世界に“愛”を伝えてみせたのかもしれないと荒井氏は語る。来日した際の「枯葉」には特に感動した。

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窓辺にしみゆく
並木の枯れ葉よ
思い出 哀しく
忘られぬ 夏の日
君が腕 やさしく
私を抱きて
つきせぬ恋の夢よ
語りしあの日

※ナット・キング・コール「枯葉」日本語ヴァージョンより引用
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曲調に歌詞がうまく融合し、日本語の発音もほとんど違和感がない上、言葉の意味ひとつひとつが心に染み入ってくる。ジャズ愛好家は時に、思い思いのテンポや転調でスタンダードのセッションを楽しむけれど、歌詞の意味を忘れちゃいないか?と、そっとナットに問われた気分に襲われた。歌詞の意味を判って歌い演奏することの大切さ、これが今日一番の収穫だと娘も噛み締めるように呟いた。

 ジャズアカデミーは応募〆切が8月下旬と早く、残暑でぼーっとしているとつい見逃してしまいそうになる。少しおせっかいだが、この企画に興味を持たれた方は来年のカレンダーの8月中旬にチェックを入れておいて損はないだろう。それほど、濃厚な内容がかわさきジャズアカデミーには期待できるのである。午後が休校になり偶然昼間の取材に参加できた娘は、トランペットに加え最近ジャズピアノを始めたばかりだ。ナットの盛りだくさんの代表曲に触れ、そのひととなり、そして刻々と変遷していくナットの歴史を楽しみながら学べてと、まさに昼間からフルコースをいただいたような金曜の昼下がりだった。
  
(Text:Hiromi Sakai / かわさきジャズ公認レポーター)

★ダイジェスト映像公開中!★



◎「かわさきジャズ2020」ジャズアカデミー第1回
開催日時:10月2日(金)13:30〜15:30
講座タイトル:歌うブギウギピアニスト荒井伝太が贈る「ナットキングコール物語」
講師:歌うブギウギピアニスト荒井伝太 (あらい でんた)

◎荒井伝太オフィシャルサイト
https://bonniebeat.jimdofree.com

◎かわさきジャズ2020 オフィシャルサイト
https://www.kawasakijazz.jp/
posted by kawasakijazz at 14:15| Comment(0) | レポート2020