2019年11月19日

【レポート】11月8日 「Jazz Bar Silky Smooth Night 秋田慎治トリオ スペシャルゲスト・TOKU」

 「深秋、お酒をたずさえ大人の男女が集う小ホール、今宵、ジャズバーとなる。」

 整頓された新百合ヶ丘駅の小さなロータリーにゆっくりと降り立つ。学生がふざけ合い、小さな子供が母親に甘えながら歩き、会社員が考え事をしながら早足で行き交う。何でもない日常。それぞれがそれぞれの小さな思いを抱え行き交う週末、まだ完全に日が陰らない夕刻過ぎ、ぼんやり素描のように浮かび上がる。明日もまた会えるのに別れを惜しむ若い活気のある学生の一団とすれ違いながら、往時を想いかえす。川崎と言うと工業地帯を思い浮かべる人も多くいると思うが、東京に近いベッドタウン、これも川崎の一つの顔である。

 駅から直ぐの緩やかな坂の上に建つ百合丘トウェンテンホール、白亜の小ホールは上品かつシンプルな外観、近所の大尽の邸宅に遊びにきたようで、軽い親近感を持つ。中に入るとロビー、その先の広く見通しの良い坂の勾配を生かした傾斜の深い谷底の階段をゆるゆると降りる。「かわさきジャズ」と書かれた揃いの青いラフなジャンパーを着たボランティアスタッフが丁寧なおじぎをして出迎える。ぎこちない素振りで入場者の対応をする。川崎市民総出の手作り感のあるもてなしにコミニティの暖かな存在を感じ、ホッとする。

 早速、中のロビーを抜け、演奏会場に入る。少し慣れてから、薄暗い室内をグルリと見渡すと、小劇場の様な雰囲気に気が付く。小学校の体育館の檀上の様な舞台には、演奏機材が漠と用意され、その真下に目を向けると、舞台に向い垂直に長い茶の事務机が複数並び、簡易の緑の椅子がゆとりを持って並ぶ。全体的にゆったりとした作り、茶色と緑、綺麗な色の取り合わせがお洒落に目を引く。ボランティアスタッフが相変わらず、丁重に、慣れない様子で聴衆の要求に応える。酒と軽食、おしゃべりと賑やかに楽しむ年配の男女が既に席の多くを埋めている。コンサート会場は気楽なバースタイル。ジャズは酒とたばこが似合うと誰かが言ったが、私は賛同も否定もしない。ジャズはそもそもしかめっ面をして居住まいを正して聞く音楽ではないからだ。それでもやはり酒は似合う、大人の楽しみを追究した良い企画だ。

 その後方に目を向けると葡萄畑の様な後方に行くにつれやや急な傾斜が広がる座席群が見える。その後ろから二番目の席に座る。足を大きく伸ばせる程の余裕を持ったシートに深く腰をおろし、先ほどのざわめく人々を軽く見下ろすかっこうとなる。私の目線の水平線上に先程の舞台の全てが見渡せた。こじんまりとして座席数は少ないが、見晴らしの良いホール、まずは、気に入った。

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 定刻午後6時30分過ぎ、客席が暗くなり、いよいよお待ちかねの演奏が始まる。用意されているのは3台の楽器、グランドピアノ、ウッドベース、ドラム、モダンジャズのビル・エヴァンスが確立した演奏スタイルだ。今日の演奏者の3人が楽器の前に並ぶ。しばらくピアニストの秋田真治を中心に気の置けないおしゃべり、そして2曲続けてスタンダードナンバーを披露する。秋田がアレンジを担当。編曲は悩みに悩んだと漏らす秋田は元々キーボード奏者のアレンジャー志望、本領発揮。秋田はリスニングミュージック、心地よいジャズを目指しているように見受けられる。ドラムの則竹裕之は最年長、フュージョンで有名なスクエアのドラム。今一人はウッドベースの若き天才、ジャズベーシスト川村竜。川村の公演は今日で3度目、彼のベースは重く、弦が大きくしなる、タッピング奏法も響きの良い美しい音色を聞かせ、アレンジも独創的である。特に編曲の才が際立つ。その風貌から“超重量級ベーシスト”との異名をおどけて吹聴するが、共演者の誰がも一目置くアーテスト、世界で活躍する才であろう。

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 演奏が始まってすぐに驚いたのが音の響きの良さである。川村竜の演奏は今回で3回目と書いたが、何れも横浜の小さなジャズライブハウス、今回のホールの響きは各段に良い。音楽は何処のホールのどの席で聴くかで大きく変わる。私の身体を柔らかくふんわりと音が包み込む。聴衆に配慮された良質のホール、機会があれば今夜の名ホールに足を運んでもらいたい。後ほど紹介するボーカルとのデュオでその威力が十二分に発揮される。

 実力派の彼らの今日の演奏は表題の様にシルキースムーズジャズを目指す。心に波風を立てさせない、絹のような光沢あるサウンドはフュージョンとも違う、新しいタイプのジャズだ。新しいトリオは常に新鮮だ。革新は冒険を伴うが、冒険は挑戦であり、挑戦はいつの時代も美しい。ビル・エヴァンスも今日の演奏者も自分の目指す音楽にはいつも全うに真剣だ。

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 まずは、誰もが知るスタンダードナンバー「煙が目にしみる」。元々はアレンジャー志望だったと言う秋田がメロウなナンバーから始めた、酒が自然すすむようなリズムとメロディーに一気にバータイムへ。続いて有名な「サマータイム」で聴衆は酒に酔い、奏者からメディソンを与えられる。スタンダードナンバーが聴衆にわかり易いからと謙遜気味に秋田は語るが、サマータイムの原曲を借りていながら、既に秋田の楽曲として完成しているし、楽曲に忠実以上の何かを私たちに奇想させる。三曲目は秋田のオリジナル「ブルーオンユー」。やはりゆったりとした楽曲だ。日本人初のシングル週刊一位獲得、「上を向いて歩こう」をアレンジたっぷりに聞かせると、最後の曲はニューヨークで99年に彼が作曲したと言う「ファーレンハイト」。華氏と言う意味でアメリカやイギリスで使われる温度表記である。華氏は耳にはする言葉だが、日本では使わわれていない。ニューヨークでの極寒の寒さを表現したのか、一人で過ごすニューヨークの寂しさを表現したのか、彼の早弾きのセンスの良さ、ベースのソロ、ドラムの連打。激しくもクールで都会的な印象。彼の曲の中で一番に気に入った。

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 セカンドステージ、ゲストで登場したボーカル兼フリューゲルホルン奏者のTOKUは秋田とは旧知の仲だそうだ。TOKUは声量があり、ボーカルらしいボーカルと言う表現が適当だ。声が素晴らしく良い。恵まれた声質は天性のもの、マイクを通さずとも地声でホールの端にいる私のところへも楽に届く。かえってその恵まれた声質、声量をコントールする事に重きを置いているように見える。彼が歌うとどの曲も彼だとわかる程の強烈な個性。彼の声質を上手に中和する存在がフリューゲルホーン。間奏部分で彼がフリューゲルホルンを奏でる。途中、演奏される甘い囁きのようなフリューゲホルンはまた、素晴らしい。

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 TOKUは尊敬するフランク・シナトラの「ストレンジャー・イン・ザ・ナイト」を歌い、続く「フラーミートゥ・ザ・ムーン」は川村竜とのデュオで披露された。ウッドベースと歌声、これほどにない贅沢な組み合わせが始まる。TOKUが川村を煽る、川村は即座に応える。何とも言えない感動が胸に響く。拍手が鳴りやまない。見ごたえあるステージを私も目で追いたいが、目を瞑って音色に集中したい。この二人の後をゆっくりと小さな音でピアノが追いかけ、ドラムが静かに追いかけ始めた。レコード一枚より、何倍もの魅力ある一瞬の生音がこのステージにもある。ここは素敵なジャズバーになった。

 最後の曲はアメリカのかの名優チャップリンの名曲「スマイル」。どんなに辛い事があっても哀しいことがあってもスマイルと、チャップリンは語る。深い人生の機微をたたえる歌、詞に優しく柔らかなメロディーが包み込む名曲だ。この曲が胸に響くには、経験を積んだ大人にしかわからない人生の深淵があるはずだ。今夜の男女の胸にこの曲はほろ苦く、切ないまでに美しい。つまらぬ常識と言う衣を脱ぎ捨てて見たくなる。彼のフリューゲルフォーンがいつまでも甘く切なくホールいっぱいに響き渡った。深秋に催された儚いジャズバーは大きな喝采とともに閉店を迎えた。秋の鈴虫が聞こえる住宅街の一角、今宵、この時、大人の素敵な夜に乾杯。

Text:hiromi.S(かわさきジャズ公認レポーター)

◎Jazz Bar Silky Smooth Night 秋田慎治トリオ スペシャルゲスト・TOKU
日時:2019年11月8日(金)開演 18:30
会場:新百合トウェンティワンホール
出演:秋田慎治(pf)、川村竜(b)、則竹裕之(dr)
   スペシャル・ゲスト TOKU(vo、フリューゲルホルン)
posted by kawasakijazz at 08:44| Comment(0) | レポート
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