30年くらい前に、山下洋輔のジャズピアノを初めてみた。
あまりの演奏のすごさに衝撃を受けたのをよく覚えている。今回久しぶりに生でみる山下の公演となるが、山下の年齢を考えてしまった。公演中に知ったが何と78歳とのこと。うちの母と同い歳だから感慨深い。
今回のメンバー構成は、山下洋輔とスガダイロー、桑原あい、奥田弦の4名のジャズピアニスト、そしてゲストに平野公崇(サックス)、ルイス・バジェ(トランペット)。ピアニストが4人もいるから、コンサート名どおり、ピアノバトルを期待して臨む。
ミューザ川崎シンフォニーホールの2階席、舞台のほぼ正面がみられる席に座る。2階席といっても、このホールは、舞台中央をらせん状にぐるっと囲むようなつくりのため、3階席に近い2階席であった。ホール全体を見渡すことができるが、このホールの客席数は確か2千人くらいだが、感染症対策のため間隔を空けての席指定となっており、客入りは3〜4割程度。
舞台には、2台のフルコンサートグランドピアノが対に向かい合って設置してある。奥行(響板)の長さは、2メートルはありそうだ。響板の屋根がないので中の長い弦も見える。このグランドピアノ2台がどう弾かれるのかわくわくしてくる。
照明が暗くなり、前半第1部が始まった。
最初に、正面舞台右側から奥田弦が一人登場し、ピアノ(右側)をおもむろに弾き始めた。なめらかで澄み切った音が風のような和音となって会場に流れ出て行く。音は、シャープな響きで洗練されたプロの音。次第に音は波のように重なり合って激しさを増していった。男の子が弾く即興ジャズピアノだと思っていたら見事に裏切られた。
舞台左袖から桑原あいが現れ、左側のピアノで桑原のソロが静かに始まった。鍵盤の早い指づかいから、高い繊細な音が繰り返しこぼれ出ていく。桑原は小さな体全体を使って(足も動く、動く)、前のめりでピアノの鍵盤を鳴らすが、音に力みは感じられない。桑原の即興は、フェミニンで柔らかくもエネルギーを感じる旋律だ。桑原が鍵盤を何度もグリッサンドして(何オクターブ移動したことか!)、さざ波のような揺れが始まった。これが合図だったのか、奥田の力強いピアノが入ってきた。桑原はさらに前のめりになって、My Favorite Thingsの主旋律が弾く。奥田と桑原のデュオは、お互い応戦しているかのようだ。これでもかこれでもか、と二人の指は、鍵盤上を猛烈なスピードで自由自在に動き、跳ね上がる。瑞々しいデュオだった。
二人は、初めての共演とのこと。舞台で、29歳の小柄な桑原(155センチ)とヒョロリとした19歳の奥田(171センチ)が並ぶと姉弟のように見える。桑原が奥田に、次の曲「Get Over」(奥田の作曲)の紹介を頼むと、奥田は「適当に思いついた。頭で完結しているけど譜面にするのが面倒くさかった。」とクールに言い放った。MCが苦手そうな奥田の若者ぶりが見えた。
「Get Over」は、スタイリッシュでドラマチックな旋律が続く。宇宙空間にいるような感覚に襲われる。奥田の世界観がすごい。拍手が沸き起こり、続いてウン・ポコ・ローコに続いた。待ったなしで、スリリングなラテン系のノリになる。ジ・アメイジングな二人のデュオ演奏にうっとりとなった。
桑原と奥田が共通に好きなジャズピアニストの一人は、アート・テイタムとのこと。どんなにテンポが速いだろうが、寸分の狂いもなく弾き切る二人のルーツはここにあった。
前半最後の曲には、ゲストとしてルイス・バジェ(Tp)が参加した。黒いスーツからのぞく赤いシャツが良く似合っている。「ここで演奏するのが幸せ。」とキューバー人らしい陽気な屈託のない笑顔とMCに拍手が送られる。渋いラテン調で弾きまくるピアノデュオに、温かみのある情熱的なトランペットが絡むと雰囲気が一層高揚した感じになった。ジャズにはトランペットが似合うと改めて思った。なかなか止まない拍手の中で前半は終了となった。
後半第2部は、いよいよ巨匠・山下洋輔とスガダイローの登場である。
舞台正面左袖より、スガダイローに続いて、山下洋輔が現れた。会場は待ってましたとばかりに、盛大な拍手が鳴り響く。
上下白のシャツにパンツ、そして茶系のベストを着た定番スタイルの山下は、心なしか少し小さくなったような気がした。スガの体が大きく見える。かつて師匠と教え子の関係にあった二人だ。
左のピアノに山下が、右のピアノにスガが座ると、阿吽の呼吸みたいに、すぐに最初の曲「枯葉」が始まった。二人の弾く音は、静かに共鳴し合う感じでしばらく続き、枯れ葉のメロディラインとなった。次第にスガの鍵盤のストロークが強く早くなって、それに応えるように山下の打ち込みが激しくなっていく。強烈だけど美しい2台のピアノ音がさく裂する。息を呑む中に枯れ葉は終わった。固唾を飲んで見守った会場の緊張感が破れるように、割れるほどの拍手の音。
MCで山下に「無茶苦茶するのが共通。自分が弾こうと思っていた音が出ている」と言わしめて、山下がスガに全幅の信頼を寄せているのがわかる。
次の「キアズマ」では、二人はさらに自由に柔軟になった。スガの弾き方に疾走感が増幅されたように指が大きく跳ね上がる。恐ろしいほどの連打だ。そして山下の肘打ちによる破壊が起こりバトルは続く。でも二人のデュオは一貫して美しく爽快に構築されていく感じだった。会場から歓声と拍手の嵐。
3曲目は、平野公崇(サックス)との即興演奏。平野の繊細で柔らかなアルトサックスから始まった。滑らかで哀愁に満ちたメロディ。そこに山下とスガのピアノ2台が絡み合って行く。徐々にトリオのダイナミズムで美しいハーモニーが生まれ、奇跡の即興になった。ライブならではの醍醐味だ。曲が終わり、山下が名付けた曲名は、このホールにちなんで、『即興曲第1番「MUZA」』。
後半最後は、「ボレロ」。平野は、アルトとソプラノ、2種のサクソフォンを交互に持つ。山下とスガのピアノは、もう自由自在としか見えない指の動きで圧倒される。操られる2台の鍵盤と平野のソプラノサックスが、きつくなり過ぎない高音で錯綜し、高揚感を醸し出す。震える高まりで一気にラストへ突入した。
山下のボレロを生で聴くのは初めてだったが、こんなにすごいとは思わなかった。
会場は興奮に包まれアンコールの拍手。
アンコールでは、前半の3人も登場し、ピアニスト4名とサックス、トランペットによる演奏となった。左のピアノに山下とスガ、右のピアノには奥田と桑原が座る。
曲は、最初にWell You Needn't、次に21st. Century Schizoid Man(奥田玄編曲)の2曲が演奏された。
4人のピアニストの個性が錯綜する中、平野のアルトサックスとルイスのトランペットの掛け合いが入って大いに盛り上がり終演となった。出演者たちが舞台の袖に消えた後も、会場のお客さんたちは暫く誰も席を立とうとしなかった。余韻が長く残るライブだった。

TEXT:中島 文子(かわさきジャズ公認レポーター)
PHOTO:青柳聡
◎公演情報
【ジャズピアノBattleジャム】
日時:2020年11月15日(日)
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
出演:山下洋輔、スガダイロー、桑原あい、奥田弦
ゲスト:平野公崇(サックス)、ルイス・バジェ(トランペット)